―― 10話は初の団体戦ですよね。伊藤さんが一番力を入れられたのはどのあたりになりますか? 伊藤 あえて言うとすれば、ここですね。
―― えっ? 正直地味なカットですね……。千早が活躍する名シーンみたいなところを、いつも上げていただいているのですが。敵方のチームが札を取る場面ですね。 伊藤 確かに一見なんでもないようなところですが、実はこういうカットが非常に大事なんです。 ―― といいますと? 伊藤 このカットは、敵が札を取り、その勢いで身体のバランスが崩れて手をつくんですよ。さらにその手を支点にして立ち上がる。この一連の三つの動きが1カットに詰め込まれているんです。 ―― アニメーターにしてみると、かなり労力の掛かるカットですね。 伊藤 ええ。こういった細かな芝居を数カット入れるだけで、作品にリアリティが出てくるんです。 ―― いつも迫力ある表現ばかりの『ちはやふる』というイメージだったのですが、そういった手法も必要なんですね。 伊藤 千早が「バーン!」と札を払ったりするような派手なカットは作品の華です。でも、実はそういうカットは、見せ場であることを示すために、静止画を使ったりするんです。また、一見よく動いているように見えるカットでも、カメラワークを工夫して手元を見せないようにし、腕のかすかな動きだけで激しい動きを想起させたりしていることもあります。 ―― 確かに、第五回で伊藤智彦氏も「最小の労力で最大の効果を出す」ということをおっしゃっていました。 伊藤 派手なカットを活かすためにも、地味な芝居をちゃんと積んでいく。そうすることで『ちはやふる』が見かけ倒しじゃない作品であるということを示しているんですね。 ―― なるほど。カメラワークなど技術的な手法に頼らず、実写で言うところの「役者の演技」でも見せるということですね。他に同じような趣旨のカットはありますか? 伊藤 たとえば、ここですね。
―― また、これも地味ですね。引きの画ですし…。流して見てしまうようなところです。 伊藤 ここも大事です。よく見ていただくと、キャラクターが奥でも手前でもちゃんとカルタを払っているでしょう。 ―― ああ、ほんとだ! 奥の太一と肉まんくんが払って、そのあと机くんの対戦相手が動いています。 伊藤 これも難度が高いカットですね。これは複数の動きが多層的に、なおかつ同時に行われているんですよ。それぞれのキャラクターが別々に動いているんです。 ―― このカットを作るための難しさというのはどんなところにあるのですか? 伊藤 ひとりのキャラクターが一つ二つのアクションを取るというのがスタンダードな作り方ですが、同時に何人かが動く場合、それぞれのキャラクターごとに作画作業を行わなければいけません。全ての動きを別々に制作しないといけないので、アニメーターは通常以上の時間と労力が掛かるんです。 ―― ううん。なるほど。 伊藤 ここでは先ほど言った細かな芝居を見せるという意図と同時に、奥と手前をしっかりフレームに入れ動かすことで、人数の多い「団体戦らしさ」も出せるようにカメラワークを設計しています。この話数では他にも団体戦らしさを出すための工夫を随所にしているんです。全てがうまくいったかは分かりませんが、試行錯誤をした成果が出ていればと思います。
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