おぎにゃん
色彩設計のお仕事は、デジタル化する前と後で変わったかにゃ?
橋本
おぎにゃん、なかなかいいところを突くねぇ。
おぎにゃん
久しぶりに褒められたにゃん! もっと褒め称えるにゃん!!
橋本
調子に乗りすぎだよー(笑)
おぎにゃん
う……、また爽やかに釘を刺されたにゃ。
橋本
アニメーションのデジタル化で、色指定・仕上げ含めて色彩の仕事は大きく変わったよ。これは前回お話した、色変えの話にもつながるんだ。
おぎにゃん
どういうことにゃ?
橋本
デジタル化する前はセルに絵の具で手作業で塗っていたでしょう。だから、「このシーンは美術が青っぽいから、青い色を被せて調整しよう」と思ったら、1箇所ずつセルを塗ってかないといけなかった。分かりやすくいえば、色変えのたびに1個1個色を考えながら塗って、「ちょっと違うな」って思えばまた塗り直す、という作業だった。
おぎにゃん
当時と比べて今は作業時間は短くなってるんだにゃ。
橋本
セルの作業方法で今の仕事量をこなせる人はひとりもいない(笑)。たぶん作業効率は3倍くらいにアップした。
おぎにゃん
デジタル化してずいぶんと負担が減ったんだにゃ。
橋本
『アルプスの少女ハイジ』(注3)とかの時代は、色変えなんてほとんどなかったと思う。夜の場面でも普通にノーマル色でやっていた。そういう部分を、スタジオジブリの色彩設計の保田道代さん(注4)とかあの辺の世代の方が意識してやり始めたって感じかな。それまではくっきりした画面がよしとされていたし、アニメとはそういうものだった。それを、もうちょっとリアルに、空気感のあるものに、っていう流れから色変えは始まって、徐々に浸透していった。
おぎにゃん
それが、デジタル化で色変え作業が簡単になり、さらに増えたんだにゃ!
橋本
マッド作品では、ちょうど『メトロポリス』(注5)がデジタルを導入した初めての劇場版になるね。まだセルパートが3割くらい残っていて、自分は途中からそれを手伝っていたよ。業界的にみて、マッドハウスはデジタル化に移行したのが結構遅かったね。
おぎにゃん
セルにこだわりを持っていたのにゃ!
橋本
今では日本のアニメ業界ほぼ全ての作品がデジタルで作られているよね。劇場作品はもう色変えのオンパレード。だいたい1000〜1300カットあるんだけど、「ほぼ全てのカットで色が違う」みたいな作品もあるよ。仮に半分だとしても500パターンくらいは作っているんじゃないかな。
おぎにゃん
基本的に、一度作った色は二度以上使わないってこと?
橋本
TVシリーズだったらあり得るけど、劇場では使えたら使うかなってくらい。どうしてかというと、ちょっとした背景色の違いでもキャラクターの色を変えた方がより良いからね。このイラストを見てごらん(イラスト参照)。
おぎにゃん
おぎにゃんが3人いるにゃ。
橋本
どれもノーマル色のおぎにゃんなんだけど、背景が暗い場所になるとおぎにゃんが背景から浮いちゃっているでしょう?
おぎにゃん
ハッ! 確かに背景に馴染んでないにゃ!
橋本
次にこちらのイラストを見てごらん(イラスト参照)。
おぎにゃん
にゃ? こっちでは、おぎにゃんは暗闇に溶け込んでいるにゃ。
橋本
こうやって背景に馴染ませるのが色変え。それでさらによく見ると、中央のおぎにゃんと右側のおぎにゃんは両方とも色変えをしているけど、それぞれ暗さが違うんだ。
おぎにゃん
右隅のおぎにゃんの方が暗いにゃん! 同じ背景なのに、3つの場所でおぎにゃんの色がそれぞれ違うにゃ!
橋本
背景色が変化しているから、同じ絵のなかでも違う色合いになってるんだね。劇場版で、同じシーンカラーをなかなか使い回せない、というのはこういう理由なんだ。同じシーンでもキャラクターが移動してしまうと、同じシーンカラーは使えない。
おぎにゃん
それは、美術がきちんとあがらないと作れにゃいのでは……?
橋本
特に劇場だと、美術がないとどこが暗くてどこが明るいのかそもそもわからないからね。それと、どこをどう動く絵になるのかによって、色彩も変わってくる。例えば、階段を上って歩いてきているアクションが必要なら、そのパートの動画があがってくるまで待たなくてはいけない。劇場版はそういう部分でも大変だね。
おぎにゃん
色にゃんだけど、デジタル化してから使っているパレットはみんな同じにゃの? それとも、人によって設定は別々にゃの?
橋本
人によって違う。セル時代は、800色以上の絵の具があって、みんな色をカラーナンバーで覚えていた。色彩設計が色指定に指示を出す場合や、色指定が仕上げに色を指定する場合も、このカラーナンバーを使っていた。
おぎにゃん
たくさんあるにゃ!
橋本
それで、デジタル化してからも、これに準じたカラーチャートをデジタルで作って持っている。その一方、デジタルでは人間の認識できる色レベルでは無限とも言える数の色が作れるわけだから、チャートにしばられず見た目で作っていこう、というスタンスもある。これは、最近の人に多い。だから、デジタル以前からいる人たちと、デジタル化以後に入ってきた人たちで、微妙にスタンスが違う。
おぎにゃん
橋本さんは、どうやっているのにゃ?
橋本
自分もはじめは、絵の具番号の入ったチャートを使っていたんだけど、ぶっちゃけ面倒くさくて(笑)。いちいち色を探して拾うんだったら、見た目でやったほうがいいなって思った。ただ、その方法にも問題があって、作業用パソコンのモニターや液晶の色が果たして合っているのか、という点がある。今は、FTPサーバーなどがあるので、会社でも家でもどこでも作業ができるといったメリットがある一方、カラー環境がバラけてしまう危険性がある。自分の家で作ったときと、ラッシュスペース(注6)で見たときで色が違う、なんてのはよくあるパターンで。
おぎにゃん
それじゃ、作業しても骨折り損にゃ。
橋本
そういう意味では、カラーチャートをひとつ作っておけば間違いはないよね。ただ、自分は個人的には、せっかくデジタルで自由に色を作れるようになったのだから、あえて制限をつけてやる必要はないと思う。
おぎにゃん
確かに。短所と長所は紙一重にゃ。
橋本
最近は「キャリブレーション」という、色をデジタルで調整する機械があるんだ。これを使うと完全に色が合うことはないけれどストレスを感じないレベルまで合わせて作業ができる。だから、今はこの機械を使って見た目でやっている。劇場作品では業者を呼んで、きちんとキャリブレーションしてもらってるよ。
おぎにゃん
例えば、劇場作品で『Paprika』(注7)だったら『Paprika』専用のカラーチャートを作ったりしにゃいの?
橋本
それも特にしないよ。
おぎにゃん
じゃあ、シーンごとに完全に色指定に任せちゃうのにゃ?
橋本
それは作品やスケジュールによって違うけど、自分の場合は基本的に色彩設計から色指定まで全部やる。最後のほうはスケジュールが厳しくなって分業できる部分をお願いすることはあるけど、色の管理は自分でやっている。最近の劇場版はスケジュールがないからTVシリーズのように何人か色指定を立てるのがオーソドックスなんだ。いくつかのパートに分かれているから、そのパートごとに色指定に任せるっていうのが基本。
おぎにゃん
じゃあ、橋本さんが一人で全部を担当したら、そうとう忙しいにゃぁ。
橋本
劇場作品をやっているときは、それでいっぱいだね。やはりTVシリーズとは画面密度がまったく違うから。
おぎにゃん
スクリーンだもんにゃ!
橋本
あと、TVシリーズは、皆さん家庭で見るでしょう。これは、TVメーカーによってぜんぜん色が変わってしまうんだ。だから、TVではそこまで色にナーバスになる必要はないんじゃないか、と思ってある程度ゆとりを持ってやっている。
おぎにゃん
最近はTVシリーズでも、よく衣装が変わる気がするにゃ。あれはやっぱり大変にゃ?
橋本
『NANA』は衣装設定が20〜30個という話数もあったみたいだし、すごい大変だったと思うよ。昔のアニメーションだとずっと同じ服を着ているのが普通だった。衣装をいちいち変えるだけでも膨大な労力だったし、同じ服で統一することで、キャラクターの記号性と捉えていたという部分もあったしね。でも近年では、特に少女マンガ原作や女の子向けの作品では外出するたびに服が違ったりするからね。
おぎにゃん
それは、それぞれの衣装にノーマル色があって、さらにシーンごとに色変えをするのにゃ?
橋本
だから、半端じゃない数になってくる。同じ背景でも、服が変われば新しくシーンカラーを作らなければいけないし。
おぎにゃん
そうすると無地の服が楽だにゃ。
橋本
『DEATH NOTE』は、おっさんが多くてみんなスーツを着てるから、そこはわりと助かるね(笑)
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